relax mania

おひさしぶりです。 また日々のこと、思うこと、書いていきたいと思います。 お付き合いいただけたらと思います。

2008年12月

この時期、一般のご家庭の庭にものすごいイルミネーションを施す楽しみが理解できない一般人のあたしです。

商店街などでマライアキャリーのクリスマスソングが流れると多分10人中10人が(多分)「ああ、もうこんな時期か・・・」と思うんではないでしょうか?

パブロフの犬みたいに。

きのう、姫路のミスタードーナツで暖をとっていたら隣の席の女子2人の会話が店内BGMのマライアの歌声の切れ目切れ目に聞こえてきたので耳チャクラをかっぴらいて見ると・・・

「あ~あ、今年も寂しいクリスマスか~。」

「え~、あたしもだよ~。」

「彼氏ほしいな~。」

「あたしも彼氏ほしい。・・・でも映画とか食事はいいけど隣にならんで歩くのはいやなんだよね。」

「え~。じゃあ、縦に並んであるけば~。」

「そっかあ。」


そっかあ。
じゃね~ぞ。
兵隊さんか!?


じゃあ、映画も縦並びですか?
食事は別テーブルですか?
いっそ店も別にしますか?


不純異性交遊が低年齢化している昨今、並んで歩くことすら無理という・・・
付き合うって何?
どこまでが友達?
どこまでが恋人?
どこまでが浮気?

男女のグレーゾーンには悲しくもやはり境い目ナシ。です。



そしてあたしの今年のクリスマスは人生初の一人です。
かといって恋人に切れ目がなかったというそんなバラ色のクリスマスを送ってきたわけではなく家族がいたり、バイトしてたり、友達と過ごしたりしていたわけですが今年はまだ一人も知り合いのいない土地で、旦那はまだ大阪で仕事していて。ということで一人。
暖房もまだ整っていない寒々しい新居でダンボールをテーブルにして子供の頃から夢だった丸いデコレーションケーキをど真ん中から食い散らかしてやろうかと思っています。




あたしが読んでいる小説はダイナミズムに欠けるといつも旦那は言う。

ダイナミズムってなんぞや??

調べてみたら 迫力とか力強さ のことだった。

確かにあたしが好んで読むものは女流作家の作品が多く、精神のどこかがひん曲がっていたり、物事を斜に構えてとらえていたり、割とヒトの内側に焦点をあてたドロドロしたものが多くダイナミズムとはかけ離れている。

男のヒトはあまり好きではないかも知れない。
女子同士の飲み会にはずみで参加してしまった男子の身の置き場の無さ加減にそれは似ているようで・・・


じゃあ、ダイナミズムをと引越しの片付けの合間に旦那のもっている小説をあさってみた。

余談だが つげ義春の「ねじ式」が出てきた時、ああ結婚して良かった。としみじみ思った。

で、手にとったのが 伊坂幸太郎「重力ピエロ」。
スピード感にのって読みつづけた。
面白い小説を読んでいるときはこれ以外に娯楽はなんにもいらないと思う。
テレビもDSも音楽もなんにもいらなくて、暖かい場所とまとまった時間だけ欲しくなる。
あっという間に読み終えて、同じ作者の別の作品が読みたくなって本屋にいったら来春、映画になると宣伝していた。
加瀬亮さん主演。
うううれしい。
これはなんとなく渋谷で見たい。
映画が終わって外に出たら現実にどこかでおんなじことが起こっていてもおかしくないよな~と思える殺伐とした都会がいい。

男のヒトの書く作品はやはり男っぽい。
そう感じるのか。
とか
そう考えるのか。
とか合いまみえないところがまた面白くもある。

しかし、池波正太郎と浅田次郎にはまだ手が出せない。
男クサすぎるんではなかろうか・・・・




人の話を聞くのはわりと好きなんです。

耳にチャクラがあるとすれば常に開いています。
主要ではないんだけどあるみたいです。
耳チャクラ。
7つの仲間に入りたかった。

話すことは不得意です。
くだらない話をするのはいいんですが自分の本当に思っていることをストレートに話すのはしんどいです。
オブラートに包んだりデフォルメしたりするクセがいつの間にやらついてしまったようです。面白い方がいいとおもっているのですがそれも時と場合に寄りますね。


レッスンをするときも必要なこと以外はあまりしゃべりません。
体感するのが一番だと思っているので。
雑音で集中を邪魔したくないといつも思っています。


昨日、チャクラヨガを受けてきました。
7つのチャクラに対応するアロマオイルを使ってヨガのアサナをとっていきます。

レッスンは1時間半。そして終わった後、先生はお茶まで出してくれていろんなお話を2時間近くしてくれました。
あたしの聞きたがり耳がおそらくモノ欲しそうな目・・・ではなく耳をしていたんだと思います。

コミュニケーションをつかさどるのは喉のチャクラ。
声として言葉として相手に伝える。

パワフルに生きている方の言葉というのは口から飛び出してあたしの耳に入ってもなお生き生きと踊っているのでこっちも元気になります。


面白くなくてもいいから
オチなくても
結論がなくても
途中経過でもなんでもいいから話すことって大事だと思いました。
大事なのは伝えようとすることで、あたしは苦手だからつい書くことに転向してしまったりするけれどしゃべらないと喉が詰まってしまいもっとしゃべれなくなってしまいそうな気がしてきました。


たとえばクラスでも自分が体感したことを言葉で表現してみたり、
得た知識は言葉でシェアしたり、耳からのヨガももしかしたら大切。
なので来年はしゃべりますよ。
あくびしないで聞いて下さい。

そしてどう感じたか話してもらう口からのヨガももしかしたら有効。
なので来年は聞きますよ。
ドント ビー シャイ!!です。



五感をフルに使いましょう。と。
やりたいことをやりたいようにやろうよ。と。
死んじゃったらすべてチャラなんだから。と。

人生が旅だとしたら
旅の恥をかき捨てまくる。

そして死んですべてチャラ。

上等な人生だ。







冷蔵庫の中のようにひんやりとした山奥に行くと身も心も引き締まる思いがします。

朝5時に起きてババシャツを着てホッカイロを腰に貼って完全防備で仏教の聖地 高野山へお参りに行って来ました。

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金剛峰寺は外観も立派ですが中に入ってみるとよくもまあ人の手でこんなに!!
という美しい襖絵や緻密な作りになっていて中でも曼荼羅の押絵がとてもポップで持って帰りたいくらいでした。

http://homepage2.nifty.com/miyabiryu-oshie/mandara.html



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樹々の根っこは地球をわしづかみにしていて、山の天気は変わりやすく日がでていると思えばすぐ雲がかり不機嫌な様子になる。
空気は目を細める水の粒々が見えるくらい湿気ていて、山の上には神様とか、オバケとか、ご先祖様とか、精霊とか、妖精とかそんなんが住んでいてもおかしくないなあと思わせる雰囲気があります。







弘法大師は書の名人だったそうです。
掛け軸の中の鎮座したお姿は誤ることなど決してないような重みを感じます。



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